かずまさともたか
かず
まさともたか
かずまさ
ともたか
まさともたか・・・・・





長男




撮影 生後9ヶ月
◆プロフィール
 誕生日:10月30日
 趣味:ピアノ
 学校:静岡県立浜松北高等学校 → 東京の某国立大学 在学中
 部活:軽音楽部
◆名の由来:1983年NHK大河ドラマ登場人物の徳川家家臣『石川数正』(江原慎二郎)のカッコ良さから
彼の作成ページへ・・・
 ●自己紹介、 ●ミュージック、 ●ポーランド旅行記


『百聞は一見に然ず』 幼少の頃からスキーやキャンプに連れ出したので、体験的に自然や地理・歴史に慣れ親しんだ。

幼稚園の頃からの愛読書は、昆虫図鑑と国語辞典とドラえもん。幼稚園・小学校低学年頃は虫博士・漢字博士として名を馳せた。
我が家にはファミコンというものがないので、遊び道具の代わりだったのかもしれない。(パソコンゲームは時々させたが、未だにファミコンは我が家では買ってやってない)

中学1年から学校授業とともにラジオ基礎英語で英語の勉強を開始。
中学2年で早くも英検準2級取得。

ポーランド旅行をきっかけにドイツ語にも興味を覚え、ラジオドイツ語講座にも興味。

小学1年から現在(高校1年)までの10年間連続してクラスの合唱ピアノ伴奏を独占し続け、おまけに小・中の卒業式にもピアノ伴奏をした。

もっと凄いのは、これは本人の努力ではなんともし難いことだが、小学1年から現在(高校1年)まで10年間2組ばかり。6、8、10クラスあるなかで2組を続けてきたことは、なんと強運の持ち主なのか? 
→結局12年間ピアノ伴奏皆勤賞

本人は、音楽での仕事(ポピュラー系)を志しているが、はてどうなることやら・・・・・

1学期は応援団で忙しかったが、好きな音楽をするために援団はやめた。
彼のホームページでは、作曲など、彼の活動がUPされている。
また、軽音楽部ではバンドを組んで、得意なキーボードを離れベースギターに取組んでもいる。

親ばかなところを披露すると、高1の1月に行なわれた全国総合学力テストの英語の結果が凄かった!
全国約40万人中、なんと○△□番、静岡県で△□番、校内で□番。
独学で中2の時に英検準二級を取って、高1の英語の授業中は教師から「他の事やってていいよ!」とお墨付きをもらっているぐらいだから、当の本人は当然かもしれないが、『鷹を生んだ鳶』としては手放しで大喜び。
でも〜・・・・・数学の結果は書けません。(名前に数の字があるんだけど・・・)

彼は、この4月(2002)から高2になった。(当たり前か)
注目のクラスは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
残念でした。小1から続いた2組にはなれず、3組になってしまった。
悔し〜い。(親が悔しがってもしょうがないか〜!)
目下、学校祭にバンド出演するための練習に精を出している。

2005.05 高校は3年で通過(卒業)したが、大学入試はストレートにはいかなかった
親のスネがやせ細っているものだから自宅通学できる大学をすすめていたが、如何せん ここ浜松には彼の志望する大学はなかった

現役受験は、東京某国立大学法学部一本で頑張ったが・・・
名前とは裏腹に、試験科目に数学がなかったら・・・・
小学生&4歳児のいる騒がしい家庭環境の中で、よくも頑張っていたものだが・・・

一浪・・・リベンジ・・・
二人の弟達、介護認定2〜4の祖母・・・
受験生にとっては恵まれた家庭環境ではない

家計に配慮して授業料減免を受けられるよう上位合格目指し
無利子の奨学金を申請し
サークル(遊び)などには目もくれずバイトをして学業を頑張るというのだ・・・・・
(音楽・・・ピアノ弾きも封印できるのだろうか・・・小1から高3までずっとクラスのピアノ伴奏を独占し続けた彼が・・・・)

現役受験失敗で志望を変えた。
弁護士を目指すと言ったって、大学を出ればなれるもんじゃない
お金もかかる etc.・・・
好きな(得意な)世界史をもって高校の社会科教師を目指して、再び某国立一本で臨む

難なく無事に合格してくれたが・・・
・・・それからがたいへん
いろいろと気にかけてしまう私(父)の性格上、
引越し準備に何不自由ないよう揃えてあげたくて・・・東奔西走
住まい(アパート)探しやら、入学手続きやら、引越しやら
3月は東京へ数度の往復に明け暮れた

住まいは、東京は中央線の駅と大学のほぼ中間地点、どちらも歩いて10分はかかるまい
建物は古いが、京王ストア、マツキヨ、TUTAYA、ガスト、グルメシティへ徒歩2〜3分と至極便の良いところ。

4月末、首都圏では大手の予備校講師の試験にも合格したようで、親の目から見ると頼りなさそうな長男ではあるが、なんとかやっていけそうである。
10月には20歳になる。
もう親がいちいち口出しする年齢でもあるまい
ここ数年、なるべく口出しすまいと努めてきたが、やはり・・・
さだまさしの案山子の心情がよくわかる歳になってしまった・・・
たぶん、“がすまさともたか”への記述はこれを最後?

2006.07.10
入学して1年ちょっと
勉強はちゃんとやっているらしい・・・
塾講師の仕事にも精を出している
それも予備校内でも評価の高い講師らしい。(本人弁)
塾に通って教わった経験が少ないにもかかわらず、それも二十歳そこらで先生と呼ばれるとは・・・
京都の事件のような問題だけは起こさないで、巻き込まれないで・・・と願うばかりの今日このごろ・・・

BGMは、 数正 作編曲 『Stream Of Three Nine』
小学校6年の時、生後5ヶ月で逝ってしまった妹のために作ったDTM処女作
耳障りな場合はおそれいりますが音量を絞って下さい。
Copyright c 1997
 数
二男



撮影 生後7ヶ月


まさとの
フォトギャラリー@
まさとの
フォトギャラリーA
◆プロフィール
誕生日:12月27日
習い事:剣道、算盤、時々母からピアノ(嫌々)
学校:浜松市立小学校 → 浜松市立中学校
好きな教科:算数
嫌いな教科:国語

親の教えをまったく聞かないやんちゃ坊主。
どんな大人になるのか、楽しみでもあり不安でもあり・・・・・

幼稚園年少時は、教室にいない、みんなと同じことができない。
遊戯の練習は一度も参加しないくせに、本番の発表会では、みんなフォーメーションどうりに合わせて踊ってしまい、先生たちをあっと言わせた。
“あいうえお”の読み書きを独学でマスターして、カタカナも数字も時計も漢字も、ほとんど親が教えることなくマスターしてしまう、つかみ所のないヤツ。

兄とは違って、虫には全く興味を示さず、無理やり蝉取りに引きずっていくほど。

スキーも教わらないので特別教えないでいたら、ある日突然でスイスイ滑り出した。特別運動神経が発達しているわけでもない(親譲りか?)ので上手くは無いがスキー場で滑るには何の心配もいらない。

ピアノは、最近ようやく教わらないと弾けないことが分かったらしいが練習嫌い。なのにピアノグレード試験には一発合格してしまう本番に強いヤツ。

苦手はゴキブリなどの虫。母親共々血相変えて逃げ回る。

3年生2学期には、クラスの音楽会にピアノを披露した。
1・2年生時には、ピアノは女の子が弾くものだという変なこだわりを持っていたようで学校では弾くことがなかったようだが、突然目覚めてしまったのか?・・・・・
それも、Tースクウアの『宝島』をピアノで弾きたいからと母親に教えてくれと言ってきた。(生まれて始めてのこと)
小学校3年生では宝島という曲なんて、きっと誰も知らないだろうからみんな度肝を抜かれたことだろう・・・・・

今年の冬(2002)は、あまりスキーに行けなかった。
それでも延べ6日かな?
独立心旺盛な彼は、もう一人前にひとりで勝手にリフトに乗って好きなように滑っている。
自分が、40を過ぎて体力が衰えてきたので、休憩しよう、もうやめようといっても、まだ大丈夫と勝手に行ってしまう。
自分と一緒で、自己流で滑っているので、上手くはないのだが決して転ばない。

やんちゃ坊主も4年生になったら(2002)だいぶ落ち着いてきた。
さめてきた。
と言ったほうがいいかもしれない。
何を言っても、何を聴いても、馬耳東風・・・馬の耳に念仏・・・・・
それで、毎日、毎日、母親は(^_^;)を見るたびに怒鳴って怒っている。
怒鳴って、怒ってばかりだから、日常化して余計に言うことをきかない。


2005.05 三つ子の魂百までも・・・というが
それが良く当てはまる子である
小学校の6年間は何も変わらず、周りの子等とは一線を画す
良く言えば個性的な・・・
悪く言えば変わった子だ・・・
小5、小6は担任も同じで、親(母)子ともども変わり者と認知されていたようだ

家でも学校でも周りに合わせるということが嫌いなのか?できないのか?
周りと違っていても苦にならない、嫌な事はやらない、そのことで怒られるとわかっていてもやらない、何度叱られても叱られた傍からまたやっているetc.・・・
「僕がなんとか指導しますから・・・」と気負う担任に、
「無駄ですからほっといてください!」と母・・・

もう直ぐ晦日という頃、
「この子は校区の公立中学校に行くと、イジメ等の問題を起こすのでは・・・」と、要らぬ心配が・・・
二つの小学校が一緒になる校区なものだから、他校から来る生徒には理解され難いのではないだろうか?と・・・
6年間一緒だった連中にはわかっているが・・・(呆れられている)
仲良くしてくれていた子達ちは、ほかの中高一貫校などへ・・・

 そこで突然、付属中学入試案が持ち上がる。
入試まで1ヶ月半ほどしかない時期になって言い出すとんでもない親
出願にはギリギリ間に合うと担任からも異論はなかった(呆れられただろうが・・・)
早速、本屋に行って付属の問題集を買ってくる(バカな親)ものの、問題のレベルに驚愕!!!
大学入試勉強中の兄(長男)には、「おまえには無理だ!!!」と一蹴

文科省小学校カリキュラム程度だったら理解できている子なので問題ないんだが・・・
それもそのはず、できる子等が小学4年頃から進学塾に通って猛勉強しているレベルの入試問題なんだから、1ヶ月そこらの付け焼刃では到底無理!なはず

当の本人は、付属なんて気さらさら無いものだから入試勉強に身が入らず・・・当然“不合格”
試験場では、周りはガリ勉っぽい子等ばっかりだったと・・・(本人弁)
良い社会勉強になったのでは・・・

本人は兄(長男)の姿を見て育ったものだから、(雅人からみて)あんな奴が行った高校なんで、自分も行けて当然の気でいる。
浜松で、いや県下一番の学校だとわかっているのか?いないのか?
父・母・長男揃って 「無理だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」の大合唱・・・・・・だが、当の本人は全然めげていない

中学校入学早々から他校の子等に嫌なアダ名を付けられたことから些細なトラブル続き・・・早速担任には世話をかけてしまった・・・
中学校生活の船出から次々と荒波が押し寄せている雅人の行く末が恐ろしいのか?楽しみなのか?どうなることやら・・・・

2006.07.10
中学校生活1年間は、私たち両親に迷惑を掛けっぱなしで終わった。
クラスメートや担任からみればホンの些細な事なのだろうけども、本人には重大の事のようで、手を出したり出されたりの小競り合いが結構あった。ホンのちょっと譲ったり・許したり・受け流したりすればよいものを・・・
要するに許容範囲がない?????????????

 中学校入学前から危惧していた、小学校時代を知らない他の小学校から来た面々とのトラブルだった。
それでも、本人がなんとか自覚をして自制をしたのだろうけれども、ニュースになるような事件にならなく安堵。
(ただただ祈るばかりだったが・・・自宅に警察やマスコミが押しかけることがないように!)

 ヒヤヒヤの連続の中学1年時代だったが、ひとつ目を見張ることがあった。
雅人の小学校時代は校舎の改築時期と重なって、体育館が無い時期があったりで音楽会(合唱など)がなかった。したがって兄は当たり前のように弾いていたピアノ伴奏の機会すらなかったのだが、中学に入ってはじめての合唱コンクールのクラスピアノ伴奏に自ら立候補して見事射止めた。

 ただ、兄ほどにピアノが弾けていたわけでもなく、ピアノ伴奏の経験も皆無なものだから、クラスメートと息を合わせてつかえる事なく引き続けることは随分と苦労をしたらしい。

本番はアクトシティの大ホール。
公立中学校の合唱コンクールに2300余席の大ホールを使用することは特別な事なのだが、そんな大舞台でほぼノーミスで弾いてしまったものだから大した者だ!
後日談だが、中学校内での練習ではつかえずに弾けたためしがなかったようで、担任をはじめクラスメートが心配をしていたらしい。

 学校だけでなく、家庭内でも色々あった(とても公表できない)子だが、なんとか中学校生活の1年目を締めくくる事が出来そうな時期になって、諸事情から住まいの新築移転が持ち上がった。

親の気持ちとしては、幸い隣りの学区だものだから、雅人の事を知る教師や生徒の居る今の中学校へ電車通学をすればいい・・・と思ったが・・・
彼は躊躇することなく 「転校したい!」・・・唖然!
幼稚なところがあってか?「転校生になってみたい!」 と本人弁

学校生活をリセットしたかったらしい?
彼を知る者が誰一人いないところで、逃げ道(退路)がまったくなくなるじゃないか?・・・・と、何度も諭したのだが・・・彼は聞く耳を持たなかった。
母親は、そんな雅人の気持ちに理解をするところもあったのだけれども

 いろいろあったが、2年進級に合わせて隣接する校区の公立中学校生となった。家庭内では “ヨッ!謎の転校生” と囃し立てているが・・・
学校では上手くやっているのか心配が尽きない。
でも母親によると、1年の時より顔つきが良くなった! とかで、本人も前の学校に比べると雰囲気が良く、ワル(非行っぽい格好をした生徒)も見当たらなく御満悦の様子。
それにしても、隣接する同じ公立でそんなにも校風が違うものなのかなぁ?
この先どうなるのかわからないが、いまのところ気懸かりがひとつ減ったみたいでヤレやれ。


三男



撮影 生後5ヶ月
◆プロフィール
 誕生日:1月21日 (ミレニアムベビー)

好きなこと:マンマとイタズラ
 
好きなテレビ:いないないばあ
          英語であそぼう
好きなもの:タオル。大きなパスタオルを纏めて持ち歩く。
嫌いなもの:人間。よその人間を見ると泣く。
1歳チョットで階段を自由に昇り降り、

1歳3ヶ月で早くも反抗期

1歳4ヶ月、叱ると向かってきて殴られてしまう。
親虐待か?

雅人の上をいくやんちゃ坊主の予感!

1歳6ヶ月、親の都合で未だに公園デビューをしていない。
この年頃で一日中家の中に閉じこもっていたらムシャクシャするものだろうが、経験がないので「こういうものだ!」と満足しているらしい。この暑さに加え紫外線を浴びにわざわざ外へ出なくてもいいだろう?
時々、親が用事で出掛ける時に、車のチャイルドシートにおとなしく座っていることが唯一屋外へ出掛けるぐらいだ。
両親、祖母、二人の兄に囲まれてスクスクと育っている。
夜もスヤスヤと十分すぎるくらいにいい子で寝てくれるから、昼のお散歩やお眠りドライブまでしていた上二人の兄弟はいったいなんだったんだろう?


1歳半を過ぎると7つ以上も年上の兄たちと同じことがしたがり、自分だけ別メニューの離乳食ではいやがり、皆と同じものを食べている。
また、兄達が食べるのを見て、食べさせてもらうのを嫌がり、教えもしないのに上手にスプーンで食べている。
箸でも食べたがるが、さすがに自分では無理と観念したようだ。

ところが可笑しなことに、あと10日もすれば2歳になるというのにミルクを哺乳瓶で飲んでいる。ミルクといっても乳児用ではなく幼児用で、朝起きた時と寝る前に飲む習慣にしているのだが、お茶やジュースは大人の湯呑みでも上手に飲むくせに、ミルクは哺乳瓶でなければならないと決め付けているようだ。

もうすぐ2歳3ヶ月になる。
でも、いまだに哺乳瓶でミルクを飲んでいる。
1日、朝と夜の2回ぐらいだが、ミルクは哺乳瓶と決め付けていて、コップであげても決して口をつけようとしない。それも母親でないと飲まないことにしている。
コップで飲めないわけではない。
お茶やジュースはコップやカップで、味噌汁はお椀で上手に飲む。間違ってこぼすことはほとんどない。まったくわけのわからない奴だ。

言葉の発達は、同年代とくらべたらかなり劣っているはず。
でも、まったく心配していない。
上の二人の兄たちもそうであったからだ。
いや、言葉の発達が遅れているのではない。
ものすごく饒舌に、早口でしゃべりまくっている。
ただし、発せられる言葉が日本語ではないだけ!
本人は、大人や兄たちと同じように会話しているつもりでしゃべっているのだ。ドラえもんの『翻訳こんにゃくが欲しい!』
本人は真剣に喋っているつもりらしいから、こちらもそれなりに相づちを打ってあげないと怒る。
いい加減な生返事でもするものなら、もー大変なケンマクで怒られてしまう。

親としてはとっても楽なイイことがある。
彼は、赤ちゃんの時からずっと夜泣きをしない。
寝かし付けもとっても楽な子だ。
長男の時は、寝付きが悪いので深夜のドライブをよくやったものだが、
この子は違う。
「寝んねしようね」 と言うと、ドラえもんのバスタオルで包んだ大人の枕にうずくまって勝手に寝てくれる。
沿い寝をする必要がないのだ。
あまりにもかわいそうなので、自分が勝手に沿い寝をしてあげて、自分のほうが先に寝入ってしまう。
お昼寝も、眠そうな顔になってきたなら、「そろそろ寝れば!」と言うと、
「ウン!」と返事をし、お気に入りのタオルを持ってベッドにはいってスヤスヤと眠っている。
その寝顔がまた可愛い。
今日は2歳3ヶ月の誕生日。日々成長をしていると感じられる今日このごろ。


2歳7ヶ月をすぎた。
人見知りは相変わらず。特に男性は完全拒絶。
それでも、帰り際に「バイバイしよう」と言うと、バイバイにだけは顔を出すようになった。
言葉は結構しゃべられるようになった。
文字も温泉の『ゆ』と、『と』、『も』、『ん』は読めるようになった。(特別教え込んだわけではないが・・・)
今日、テレビ番組中に、「0時43分から2分間ニュースを・・・」というテロップがでたら、「にゅーす?」と喋った。
偶然か?と思い、紙にマジックで『ニュース』と書いたら「にゅーす」と読んだ。下手な字だったが紛れもなく彼は読んだ。
これって凄いのだろうか?
早期教育とかやっている人には驚くおどのことではないだろうけれども・・・

 歳を重ねてからの子なので、孫みたいに可愛くて可愛くてたまらないのだけども、この欄に書くのは相当に久しぶりになってしまった。
光陰矢の如し”といって片付けられないほどに長くて早い子育てだったけれども、友隆は今 “ピッカピカの1年生” をやっている。
 
 ふつう、4歳になる子は3年保育の幼稚園に通うもので、長男・次男も私と同じ幼稚園に歩いて通った。雨の日も、風の日も、雪の日も・・・

ところが、3男は本人の事情と、親の考えや都合で3年保育の願書出願を躊躇った。近年、その幼稚園の経営者が変わってしまった事と、幼稚園に3年も通わせるメリットがあるのだろうか?とも・・・

躊躇っているうちに4歳の誕生日を迎えてしまい、広告で見つけた“保育所”の園長先生との面談でその保育所に通うことになった。
一般的な幼稚園・保育園のような体裁を整えたものでなく、貸し工場か事務所を改装してこしらえたような大きなワンルームに乳児から就学前(うちの三男が一番大きい)の異年齢の子供たちがゴチャゴチャになっている。
私の第一印象では“安心して預けられそうにみえないところ”だったが、一般的な幼稚園・保育園に通わせていたなら得られない貴重な体験をさせてもらった。
とにかく異年齢なのが良い。
ごちゃ混ぜで、室内外で遊んだり、本を読んでもらったり、何か作ったり、同じ昼ごはんやおやつを食べたり、お昼ねをしたり・・・
難を言えば、同年齢の子がいなかったこと。
さすがに小学校就学直前まで、このような所のお世話になる子はいなかった。(友隆が通っている間は・・・)

同年代の子供たちの中で揉まれることなく育った友隆が小学校へ入って難なくやっていけるものか?と心配したが、それも直ぐに吹き飛んだ。
もともと大人の話を聞ける子だった(大人と歳の大きな兄のなかで育ったので)ので、先生の言うことをキチンと聞け、勉強もよくできるほうのようで優等生っぽくやっているようだ