ユリ

1、ユリ大国日本
 子供の頃、山野に咲く花の中で強烈な印象として残っている花の一つが、ヤマユリである。下草のある林床などに自生し、一際派手な姿で辺りに芳香を放つその存在には、少し怖さを感じるといっても良くくらいのインパクトがあった。
 しかし最近では、めったに出会えない植物になってしまったように思う。
 本来、日本には、東北から関東にかけて自生するヤマユリの他、本州中部以西、中国四国の一部に自生するササユリ、沖縄、奄美諸島に自生するテッポウユリなど日本特産のユリや、日本のほか、台湾、中国の一部に自生するカノコユリなど、観賞価値の高いユリが多い。また、民家や農地にはオニユリやコオニユリなどが古くから栽培されていたのである。
 しかし、日本のユリはその観賞価値ゆえに、明治から昭和の初期にかけて大量に海外に輸出された歴史がある。その球根が栽培されたものかどうかは良くわからないが、日本のユリが日本の近代化の中で、乱獲や自然破壊により日本の山野から姿を消したのであれば、大変悲しいことである。

2、世界を驚かせた日本のユリ
 ユリ属は、北アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど北半球の亜熱帯から亜寒帯にのみ約100種が分布している。日本には約15種があるが、その半数が日本にだけ分布する特産種であり、観賞価値の高い種が多いことで知られる。
 一方、ヨーロッパには、地中海沿岸に自生するマドンナリリーと呼ばれる純白のユリな
ど数種しか自生種がなく、またマドンナリリー以外は観賞価値が低く、人々が興味を持つ花ではなかったという。
 しかし、19世紀、ヨーロッパのプラントハンターにより、日本原産のヤマユリ、中国原産で日本、朝鮮にも分布するオニユリ、中国原産のリーガルリリー、アメリカ原産のカナダリリーなどがヨーロッパやアメリカなどに紹介され、注目されるようになる。
 オニユリ(タイガーリリー)は、18世紀の末期にイギリスで紹介され、大好評となり、栽培された最も古いユリになった。
 また1830年代には、シーボルトがスカシユリとカノコユリを長崎からヨーロッパに持ち帰り、特に、カノコユリは花色や花弁が反り返る形がヨーロッパ人の好みに合致し、イギリスなどで大変な人気となった。
 1862年のロンドン・フラワーショウでは、ヤマユリが紹介され、それまでヨーロッパでの主流であったマドンナリリーよりも豪華で「黄金のユリ」と言われ絶賛されたのである。
 現在、純白の大輪で世界的な人気品種となった「カサブランカ」は、オリエンタルハイブリッドと呼ばれる系統であるが、この系統はヤマユリやサクユリ、ササユリ、カノコユリなど日本のユリを主体に改良されたことで知られ、ジャパニーズハイブリッドとも呼ばれ、日本の自生ユリが世界に認められた何よりの証になっている。
 さらに、ヨーロッパを代表するユリで古くから催事に用いられてきたマドンナリリーは、栽培が難しいことから、現在では日本のテッポウユリが一般的にはマドンナリリーと呼ばれ、広く用いられている。

3、日本におけるユリ
 日本には園芸的に優れたユリが多かった。
 そうした中で、江戸時代にはエゾスカシユリ、イワトユリなどの交雑が行われ、スカシユリが出来たとされ、江戸時代にはすでに100品種ほどがあったと言われている。
 日本のユリがヨーロッパ人を驚かせ、世界におけるユリの育種のきっかけになったのが19世紀であることを考えると、これはユリの園芸史上、特記すべき事項であろう。
 また、中国から朝鮮半島、日本に自生するオニユリは、古くに中国から食用として伝来したものと考えられ、日本にはコオニユリ、ヤマユリも含めユリ根を食する文化があったため、農家の庭先や農地においてはこうした種が栽培されていたものと考えられる。
 日本のユリが輸出されたのは明治時代からであり、昭和12年のピーク時には年間4000万球が輸出されたといわれ、日本の重要な貿易品であり、輸出は戦後までさかんであった。輸出国はイギリス、アメリカ、ドイツ、オランダの順で多く、輸出されたユリはヤマユリ、テッポウユリ、カノコユリの順で量が多かった。
 これらのユリはその後、ヨーロッパやアメリカにおいて品種改良の親となり、園芸作物
としてのユリの確立に貢献したのである。
 現在の日本における切花栽培では、日本原産のテッポウユリや、種子繁殖が容易な新テッポウユリの他、前述したスカシユリを含む系統を総称したアジアンティックハイブリッドや、オリエンタルハイブリッドなどが用いられている。
 現在、日本(少なくとも静岡県)のあちこちで、台湾などが原産のタカサゴユリというユリが急速に増えている。
 夏から秋にかけて咲くテッポウユリのような純白のユリで、多くの種子が容易にできるため子沢山ということでその名があるとおり、種子で伝播できる。前述の新テッポウユリの片親となった種としても知られている。
 道路の切通しなどで良く目にするユリで、斜面に一斉に開花する場合など特に美しい。最近になりなぜ増えているのかは分析の余地があるが、失われた日本のユリの代わりを務めてくれているかのようでもある。
 
4、静岡県とユリ
ジャパニーズリリーの英名を持つササユリは、その学名Lilium japonicumからも分かるように日本特産のユリであるが、ウイルス病などに弱く、株の確保や栽培が困難であり、園芸的な利用は難しいといわれてきた。
 しかし、静岡県の磐田市などを中心にこのユリの復活を目指している「遠州自生ユリ研究会」では、種子繁殖による増殖と栽培に成功し、今年の6月には一部切花出荷までこぎつけている。
 静岡県には、遠州を中心にササユリの自生が、また、伊豆半島には伊豆諸島にのみ自生し世界最大の花径を持つサクユリや、その他の自生種との交雑と言われるイズユリが自生しているという。
 また、そうしたこととも関係があるかもしれないが、袋井市には15haに及ぶ「可睡ゆりの園」が、南伊豆町には園主が増殖した3万株のササユリが見られるという「天神原植物園」などユリにこだわった植物園がある。

5、これからのユリ
 世界の園芸植物であるユリは、日本の原産種を主体に出来上がった。
 しかし、現在の日本において、園芸生産や一般家庭用に販売されるユリ球根の多くは、オランダなどで改良・生産されたものの輸入である。「カサブランカ」に象徴される最新品種は、消費者にユリの持つ魅力を知らしめ、日本人にあらためてユリを評価するきっかけとなった。また安価で良質なオランダ産球根は、国内におけるユリの切花生産や鉢物生産を増大させた。
 園芸的に見れば、ユリは今後も世界中で改良され、進化しつづける花の一つであろう。
 日本においても、育種面では、江戸時代から続くスカシユリの育種を含むアジアンティックハイブリッドの他、新テッポウユリなどの育種が盛んになってきており、日本から世界に誇れる園芸品種がいつか生まれることを期待したい。
 また、今日における世界のユリの元になったヤマユリやササユリなど日本のユリは、日本のみならず世界の資産なのであり、その中に生きる日本人には、ユリの自生する  環境を復活させ、そうしたものを守っていく義務があると思う。
 そんな意味も含め、21世紀は「ユリ王国日本」復活としたいものである。

<参考文献>
・「朝日園芸百科12」(朝日新聞社、1995年)
・「週間園芸百科 フラワーオアシス12号」(小学館、2000年)
・「植物知識」(牧野富太郎著)(講談社学術文庫)
・「プラントハンター」(白幡洋三郎著)(講談社選書メチエ、1994年)
・「花の履歴書」(湯浅浩史著)(講談社、1995年)