私の中の鉄道、その原風景がここにあります。
清水港線の記憶
巴川橋梁を渡るアルミナ列車(回送)
清水港線の旅客扱い終点 三保駅
全国どこにでもあるローカル線の終着駅の光景
駅のホームは掃除も行き届いていてとても綺麗なものでした。
当然ながら非冷房。白熱電球が照明
すり切れたシートがかつては本線を多くの客を乗せて疾走していた証。
オハフ47の車内。
この室内が当時は当たり前だったんですよね。
最後尾から日本軽金属清水工場へのびる専用線をのぞむ。
とにかく工場への専用線が多いのが清水港線の特徴でした。
駅の発車時刻表
一日一本だけ
16:14発清水行き
木造の改札
階段を上ればそこにホームが
これが普通の光景でした
松が似合う三保駅付近の光景
折戸駅から先は比較的まっすぐな路線でした
バラストは近くの砂浜から飛んできた砂に埋もれがちでした。
折戸駅付近から三保方面を望む
巴川口駅進入
ここには冨士見ふ頭への引き込み線や
セメント工場、製糖工場への専用線などが
集まっていました。
名前の通り巴川の河口にあります。
この駅こそ、日本でも数カ所しかなかった可動橋の
操作を行う重要な駅でした。
可動橋を渡る。
列車の窓からはそれが橋脚ごと
上下する構造だとはわかりににくいほど
通過はあまりに普通でした
今はマンションが建ち、本線上に片面あったこの駅は
その影も形もありません。
駅を降りればすぐに船着き場という駅でした。
今でもエスパルスドリームプラザ前の公園になっているところに
この荷揚げクレーンは残っています。
クレーンでつり上げた材木をそのまま貨車に積み込むシステムが
あったのが清水港駅。
貨物専用駅でした。
日本でも数カ所しかこの構造の駅はなかったたという話です。
清水港駅出発信号
清水港線 清水駅
出発信号だけは自動信号になっています。
一日一本の運用でも、客車は二編成ありました。
清水港線の運用ではサボはなし
清水港線の可動橋について
photo S55
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