帰ってきやがった
屋台ギャラリー
お囃子の子供と提灯だけ見て、屋台に満足している人、いませんか?ダメですよ、そんなこんじゃ。
屋台は建築・彫刻・錺金具・囃子の音曲(もちろん提灯もそうですが)を含めた総合芸術です。
今一度、屋台の真の美しさを再確認してみるべく、今回、屋台ギャラリーを開設することにしました。
東田組屋台とすれ違った屋台が中心ですが、わが東田組以外で興味を持った屋台の破風、彫物等について、画像とともに一言を加えてみました。
うまく撮れていないものも多いのですが、まずはご勘弁のほどを。

1.八
ん連(八幡町) 正面破風
屋台好きならずとも、すぐに気がつく八幡の屋台。
提灯がないことで、はっきりと彫刻や調度が見えますね。
提灯がなくても、いや、ないからこそ御簾脇や欄間がよく見える。美しさの真髄が見えるはずです。

2.亀組(亀山町) 腰彫
町名になぞらえた、亀づくしの腰の蟇股彫刻。
うまく撮れなかったので、今度こそは!
3.成組(成子町) 正面
戦前の屋台には、千鳥破風に軒唐破風の入母屋の屋台がけっこうあったようですが、戦後は成子さんと広沢さんぐらいでしょうか?
浜松の西の寺町としての成子町さんにふさわしい、なかなか美しい造りですね。
4.
組(常盤町) 鬼板
桃破風の入母屋の軒に千鳥破風をあしらい、軒唐破風ならぬ、軒千鳥破風とでも言うのでしょうか?
さらに一層には唐破風があるので、三種類の破風があるということです。
戦前の屋台を復刻したそうですが、この造りの凄さはなかなかです。
5.尾組(尾張町) 側面の唐破風
尾組さんは側面にも軒唐破風があります。柱の配置もほかの八本柱の屋台と違うので、構造も他の屋台とはかなり変わっています。
こうしてみてみると、浜松の屋台、決して没個性ではありませんね。
「提灯がないとどこの町だか分からない」とか言うのは屋台について勉強していない言い訳ですよ。
ちなみに尾組さんは今でも男の子だけでお囃子を編成している、残り少ない町のひとつです。尾組さんのほかには櫻組(西上池)さん位しか思い出せません。
6.桔梗連(旅籠町) 御簾脇の巻き龍
御簾脇に巻き龍をあしらう町は「凧」では4町ありますが、桔梗連さんと東田組は彫刻師も同じで、兄弟屋台(こう言っていいならば)に当たります。
構図がそっくりと言うより、表情がそっくり。この勢いのある力強い表情は僕も好きです。
7.の組(野口町) 高欄
志村流張師のお好み、唐子づくしの彫刻です。
彫刻で高欄を仕上げてしまうと言うのは、町と棟梁と彫師が議論に議論を重ねた上で、共通理解をもって建造に取り組んでいたのでしょう。美しい!
色違いの漆を塗り重ねて、それを削りだすことで模様を浮かび上がらせる「堆朱」の技法を用いた縁かつらもきれいです。
8.て組(伝馬町) 欄間
伝馬町の欄間と言うと、彫の軽さがいいですね。
彫が厚ぼったいと、全体的に暑苦しく感じますが、彫り込みが深いということは、それだけ作業がなされた証拠。
仕事の量も相当であったと感じます。
9.魚組(肴町) 提灯
町名でも組名でもなく、それでいて「さかなまち」らしさということで、提灯の文字が「魚
゛し(うおがし)」になっています。
いつもは向拝(正面内側)に掛けられていますが、撮影した年(2002年)には見送りになっていてびっくりしました。
10.も組(元魚町) 正面
浜松の昭和20年代屋台に多い、御簾脇の内側に柱がある屋台です。
その場合、普通は虹梁を支えるための支柱という形ですが、元魚は内側の柱も破風を支える柱です。
内側の柱があると屋台の内側は見えにくいのですが、そのことで却って厳かさを感じさせます。
まさに「御簾内を覗かないのが粋」だった時代の証人です。
その2を見たい方はこちら
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なお、各組の屋台担当の皆さん、棟梁や彫師、意匠について間違いがありましたら、すぐに連絡を下さい。また、「うちの屋台のこの彫物が自慢だ」とか、「この破風を見てくれ」ってのがあったら、写真と一緒に情報をお寄せください。屋台情報のメールはへお願いします。
屋台の画像を送られる場合、新聞・雑誌等の切抜きを使わず、自前の画像をお送りください(著作権の問題はとにかく面倒なので)。
画像は100Kb以内に収めていただけると助かります。その際、棟梁や彫刻師さんの情報、その他のエピソードなども教えていただけると幸いです。
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