第五章 色褪せゆく季節- D A R K F O R C E S -
By.Hikaru Inoue
III
ザシュッ! ザクッ!
「グアァァァァァアアアッ!」
ゼルドパイツァーは騎馬の前脚に一撃を浴びせると、落馬する騎兵に両刃剣を突き立てて絶命させる!
「これで、十五ッ! かぁーっ、キリがねぇぜッ」
戦闘はすでに丘の頂上、セリカの付近にまで及んでいた。
頭上から降り注ぐ陽光は、秋とはいえ重い甲冑をつけた身体を汗ばませる。
異様な熱気と激しい金属音が支配する空間で、ゼルドパイツァーたちはその数に似合わぬ善戦を続けていた。
そして、その奮戦に応えるべくセリカの魔法詠唱は続く……。
―― 『「光の神エルス……神を統べし神、第零等魔神・六極神エルス。あなたの白き光の力をこの神々の徒、セリカ・エルシィに御与え下さい……」偉大なる御言葉……、神聖にして絶対の、この世の不浄の悪の全てを打ち砕く奇跡のホーリーワード。……それは竜王の吐息よりも熱く、滅びの光は灼熱を超えて白く輝く……』 ――
そんな言葉を延々と繰り返すセリカの身を守る為、絶え間なく襲い来る騎兵を相手にゼルドパイツァーはその両刃剣を忙しく振り回した。
敵騎兵隊は徐々に平静を取り戻し、混乱から立直った。
……その間に三百騎ほど失ってはいたが、それでも残りは依然七百騎を数える。
平地であれば一気に揉み潰されていたであろう数を、敵陣中央でのフランチェスカの奮戦もあって、騎馬隊得意の一斉突撃だけは免れていた。
だが、波状攻撃を続ける敵騎兵隊に、ゼルドパイツァーたちは徐々に押されはじめる。 無情にも過ぎ行く時。
……額を流れる大量の汗からは、彼らの疲労の色が窺えた。
そう、時は大軍に味方する。
「まだですか、セリカさん! これじゃもう長くはもたないッ!」
ゼルドパイツァーはそんな弱音を吐き捨てながらも、立て続けに二人の騎兵を叩き斬る!!
この戦いぶりからも、ゼルドパイツァー自身の剣の技量は相当なものであることがわかった。……が、数そのものの差を挽回するのには、個人の技量だけではどうにもならない。
ゼルドパイツァーが無限の敵を相手に苛立ちはじめていると、セリカが突然、その魔法の詠唱を止めた。
「よし、終わったかっ! ザマ見ろ苛烈王め、一撃必殺の超必殺技を見舞ったるわッ!!!」
ゼルドパイツァーが絶叫してセリカの方へと振り返ると、そこには膝を折って灰の大地に蹲るセリカの姿があった。
それは、ゼルドパイツァーが想像にもしなかった光景。
……いや、想像したくはなかった光景。
そのセリカの姿に慌てたゼルドパイツァーは、急いでセリカの元へと駆け寄る。
「どうしたんですか、セリカさんッ!!」
セリカを起こすように抱き抱えたゼルドパイツァーの言葉に、その重い仮面を徐に脱いだセリカ。
……セリカの顔には重度の疲労感が漂う。
セリカは息も絶え絶え、その胸に漆黒の仮面を押し当てながら、苦しそうに言った。
「はぁはぁ……ごめんなさい、ゼルドパイツァーさん。――破壊魔法は発動出来ませんでした。エルスはどうやら私を見離したようです。神の奇跡を呼ぶその力が、私にはなかったということでしょうか……ゴホッ、」
言葉の最後に僅かな鮮血を吐いたセリカ。乾いたセリカの唇をその鮮血が鮮やかな赤で染める。
「もう喋らないで、……セリカさんはよくやったよ、」
ゼルドパイツァーがセリカを抱え起こすと、セリカはゼルドパイツァーの顔を見上げながら、巨大戦斧を両手で強く握り締めて言う。
「……ゼルドパイツァーさん、リカディさんたちを連れて逃げて下さい。ここは私と、ゴホッ、フランチェスカで何とかします。城のカローラも一緒に、何処か遠くへ……逃げて」
「そんなことが出来るかッ!!! 今、セリカさんを置いて逃げ出したりしたら、オレは一生後悔と共に生きることになるッ」
「逃げなさいッ!!!」
この時、初めてセリカは激しい口調でゼルドパイツァーのことを怒鳴りつけた。
そんなセリカの姿に唖然とするゼルドパイツァーに、セリカはこう続ける。
「……生きていなければ、その後悔すら出来ないでしょう。私はもう十分に生きました。……百年ですよ。長い割に大した思い出もないものでしたが、最後にあなたがたに会えて本当に良かったと思います。私は『人』というもの誤解せずに父の元へと行けるッ! ……生きて下さい、ゼルドパイツァーさん」
セリカはそう言って、ゼルドパイツァーの身体を引き寄せると、軽い口付けを交わした。
それは一瞬の出来事であったが、セリカの柔らかく暖かな唇の感触に、ゼルドパイツァーの身体は震え、その黒い瞳の両眼は大きく見開かれた。
「セリカさん……」
鮮血のルージュがゼルドパイツァーの唇を赤く濡らした時、セリカの潤んだ瞳から、一粒の銀の雫が灰の大地に吸い込まれるように落ちる。
このやりとりの間に流れた数瞬という時が、ゼルドパイツァーにも、そしてセリカにも静止した一つの刻のように長く思えた。
「……今から敵陣に斬り込んで、自爆魔法を発動させます。たとえ、六極の神々が私に力を貸す気がなくても、父が最期に使ったこの魔法を使えば、神々の意志に関係なく第一等級の魔神魔法までを引き出せます。六極神とはいえ、その抑制の力は他の魔神たちの力を完全に押さえられるものではありません。――六極神全ての第一等魔神魔法を同時に発動させる禁断魔法『融合(ノー・ニュークリアー・フュージョン)』。……中心から発せられる7000度を超える高熱によって術者が必ず死ぬところが禁断の由縁ですが、敵の大半は巻き添えにしてみせます。一瞬、衝撃波となって襲いくる熱風の中では、決して息をしてはいけません。肺を焼かれます。……その混乱の隙に逃げてのびて下さい。必ず……」
そう言い残すとセリカは、引き止めるように自分の手を掴もうとしたゼルドパイツァーをとっさに後へ突き飛ばして、眼下に広がる二万の大軍、苛烈王軍本隊へと駆け下りて行った。
不意を突かれたゼルドパイツァーが、慌ててセリカを追おうと身を翻して立ち上がるが、駆け出したセリカの影はすでに小さなものになっていた。
「セリカさんッ!!! くそッ……、」
まるでセリカのこの行動に合わせたかのように、後方に控えた苛烈王軍本隊二万が、丘の頂上を目指してその軍を進め始めた。
未知なる敵を警戒しての苛烈王軍の守勢であったが、騎兵隊(捨て駒)の戦闘でその裏に潜むもののないことを確認すると、一気に全軍を押しての攻勢に転じたのである。
この苛烈王軍の行動も、今のセリカにとっては好都合であった。
……これで、いち早く敵陣の中央へと分け入り、破滅の魔法を発動することが出来るのだから。
だがしかし、その敵中に苛烈王自身の姿がないことを、今のセリカには知る由もなかった……。