国鉄ものがたり



 独断と偏見と曖昧さを承知の上、恥を忍んで、鉄道の思い出とか、おかしなところを僕なりに表現してみたいと思う。

曲線美!
 変に思われるかもしれないけど、曲線美とでもいうのだろうか、客車やディーゼルカーの天井から側面にかけての曲線がすごく好きで、幼い頃、白ノートにらくがき程度に何度も真似してそこだけバカみたいにかいていたのをよく覚えている。今じゃおふくろが全部処分しちまって一冊も残ってないけど、鉄道マニアでもない限りほかの人が見たって何を描いたのやら、おそらくさっぱりわけわからなかっただろう。あの頃人気キャラの、「ブーフーウー」や「トムとジェリー」とかの表紙絵含め、僕には大事な白ノートだったはずなのだが、思い出はたしかに残るんだろうけど、別にとっておいても本物に勝てるわけじゃなく、モノになるわけでもないし、自分の汚点よ、捨ててくれてありがとう、っていうしかない。
 いずれ曲腺のなだらかなキハ58系などと違って、キハ55系ディーゼルカーはシャープで、特にカッコよかったなぁ。

高さが違う!?
 屋根だけじゃない。なぜかしら列車の高さにもものすごく敏感!それも国鉄車両の一部に限ってだが、ディーゼルカーといえば排気ガスがまたたまらなくいいニオイで、僕のお庭みたいな我らが米坂線を3連で走る、朱色とクリーム色の塗り分けでこれぞもっとも馴染み深いキハ20+キハ17+キハ17の勇壮な姿!高さが違っていたことからキハ20とキハ17の両車体のホロの連結部分に妙に惹かれ、やっぱそこだけ集中的に真似してかいた。その不思議な光景にはただただ見とれるばかり。車両の高さも車種も全然違うのに、違うもの同士が一緒にくっついて走れるなんて、すごい! そう僕自身は感じた。
 高さが違うといえば、長井駅のホームでの出来事で、米沢に帰る時だったが、まったく見なれない車両を先頭に、あのキハ20+キハ17+キハ17の3両を引き連れ、入ってきて、その3両とまったく変わらない配色の、その先頭車両のあまりの高さに、しびれた! 夜だったし暗くてはっきりとは見えなかった。でも、確かにこの目で見た。図鑑を眺め、おぼろげにキハ45系じゃないか、ってずっと考えていたけど、キハ20よりもはるかに大きかったし、怪しい・・・いったいなんだったんだろう、あれは!? 長年の疑問だった。
 だいぶあとでディーゼルカー専門書を買い、さらに、鉄道ピクトリアル誌の「特集=60系鋼体化客車(T)」ではじめて気づいたのだが、なんと、旧型客車にエンジンを載せただけの客車改造ディーゼルカーキクハ45系であることがわかった。駅のホームではただ呆然と眺めていただけだったが、写真でマジマジ見てまったく驚いてしまった!なんて魅力的な、型破りな車両なのだろう、と。間違いなく、これだ!改造車には残念ながら乗れなかったけど、どんな車内でどんな音がしていたのか、いっぺん乗ってみたかったなぁ。
 また、高さが極端に違って驚いたのは、先頭はもちろん蒸気機関車で、ローカル線である米坂線を、通るはずもない高さの極端に低いあのキハ82系特急ディーゼルカー2両だけが珍しく、高さの極端に高い旧型客車の後ろに連結され、のろのろと下ってきたことだ。もっとも、故障したのか、または後ろで援護していたのかはわからない。ふだんは絶対にありえない組み合わせだったから、よくもまぁつながったものだと感心しながら、そのあまりの高さの違いに目をギラギラ輝かせて食い入るようにして眺めていたっけ。
 ありえないといえば、僕がまだ7歳のとき、宗教仲間と熱海へ旅行に行った帰りの出来事。手前には、僕らがこれから乗る東北方面行きのキハ58系急行ディーゼルカーと、ちょうどその奥に、165系電車が平行して仲良く上野のホームで待機していたのだが、
 「おっ、ディーゼルカーのほうがでかい!?」
 高さの違いにまたもやしびれた!奥の165系電車のほうがどうしても低く見え、またも不思議な光景に出くわしたわけだが、どうやら勘違いだったらしい。実際はほとんど変わらないのに、距離感のせいでディーゼルカーのほうがやたら高く見えたのだ。連結器の形状がまったく異なる以上つなげるのは不可能で絶対にありえないことなのだが、電車とディーゼルカーとを連結させたらいったいどうなるんだろう?ってことで、子どもの時からずっと考えていた。
 あとで調べたが、屋根までの寸法はほとんど同じだった。いかにも165系前身の、東海形電車モハ153系をモデルにしてこしらえたディーゼルカー、道理で姿かたちがよく似ている。それでも子どもの時の勘違いがどうしてもぬぐい去れないなか、つい最近だが、がまんできず、違うもの同士をくっつけたい欲望から、図版とパソコン使ってとうとう無理やり連結させてしまったのであるが、これがまた実におもしろいのだ。 こんな歳になっても相変わらず、僕にはまだまだそうしたとんでもない変な夢がある。
 鉄道雑誌ですでにご存知の方もおられると思うが、東海形電車の前面だけを切り取って、あのデカイ旧型客車にこれまた無理やりはめ込んじまった写真があった。何のことはない、衝突の実験らしい。はじめ、あまりにも現実離れしていたのでCGか何かでいたずらしたのかとも思ったけど、決してそうじゃない。しかし、よく合わさったものだ。なんでもないことのようだけど、僕にはとてもおもしろい写真に思えた。

SL
 蒸気機関車といえば、なんたってキューロク。そばに近寄ると、ものすげぇ熱っ!! 耳つんざくような汽笛! いくら真似してかいてもかき切れなかったあの複雑に入り組む不思議な棒の動き! 初期の、サカズキみたいな煙突! 蒸気と石炭の燃えカスとが合わさった煙のなんともいえない独特のいいニオイ! そういえば風の強い日、モクモク煙に包まれ、エクスタシーにも似た快感に見舞われたことがあった・・・
などなど、SLの魅力は尽きない。そんな家の前を走る9600型蒸気機関車がSLの中ではいちばん好きだけど、不思議だったのは、米坂線を珍しくC12の小型機関車が客車を引き連れ走ってきて、キューロクと比べ、音だけでなく煙のニオイまでも微妙に違ったこと。あの時もさすがに驚いたなぁ。あれはまさしく石炭のニオイだった。それに、
 「ボッ、ボッ、ボッ・・・ボッ・・・・・・・・・・ボボボボボボ」と、急な坂を上り切れず車輪が空回りしたことも・・・。

ガタゴトガタ・・・
 鉄道といえば、なんと言っても僕は列車の「ガタゴトガタ」が大好き。 だいたい親父が国鉄マンだったこともあって、自分が物心つく前からすでに親たちは、あっち行くにもこっち行くにも頻繁に鉄道利用しまくりだったのだから、僕が鉄道大好きっ子になるのも当然だろう。「ガタゴトガタ」はいわば子守唄ってところかな。それも「ガタゴトガタ」と、6回聞こえてこなきゃダメ。列車に乗った気がしない。 また、列車の種類によっても座席の位置によっても、音色とかアクセントとか全然違ってくるから、おもしろい。
 ちなみに、新幹線はあまり好きじゃない。ものすごくあこがれた時代もあったが、レールの音も全然味気なく、速いばかり速くておもしろ味がなさすぎる。
 今はそんなでもないが、鉄道とすっかり縁遠くなってしまったせいか、ひと頃は、乗りたくて、聞きたくて、乗りたくて、聞きたくて、もー、どうしようもない時期があった。乗れなくてどうしようもないから、まず、パシナ倶楽部より『前面展望ビデオ』を入手。結構集まった。「運転席からなんてなかなか見れない・・・」とかなんとかブツブツと、はじめは家中すごく感激しながら観ていたものだが、なんか違うのだ。辺りの景色を望むなりなんなり、そんな別の楽しみ方もあるのだろうけど、レールの音は、「ゴトン・・・・・・ゴトン・・・・・・ゴトン・・・・・・」と、たまに鳴るくらいで、いったい、列車なのかバスなのかトラックなのかリヤカーなのか、イマイチはっきりしない。僕には少々欲求不満の残るビデオだった。
 しばらくして今度は、新聞の広告にも載った『終着駅まで』というビデオを通販で取り寄せ、見てみる・・・
 秩父鉄道の、「ガタンタリャッタタ・・・ガタンタリャッタタ・・・ガタンタリャッタタ・・・」と、どんどん加速する1000系電車の音とか、七尾線とか、一部ほかでは聞けないようなすこぶる気に入った場面もあったにはあった。
 けれども、あれは鉄道というより、その土地の歴史探訪みたいなビデオ。ナレーターの声ばかりが大きくて、ガタゴトキチの僕には今ひとつ物足りなかった。だいたい一両だけの列車なんて、列車じゃない。まるでバスだ。
 そうやって悲嘆にくれていると、鉄道ファン誌だっただろうか、ついに、僕の望みをかなえてくれるピッタリの「COBALT」社を、めでたく探し当てたのだった。
 それまでのそうした不満をも解消すべく、「コバルト」や「DFアロー」などからCD取り寄せ、今度こそ夢中になって聞いた。
・・・そうそう、こんなのが欲しかったんだ!!なかでも、「DFアロー」のCD版《旧型客車=2枚組み》が素晴らしい!特に一枚目のオハフ45形客車の、
 「カタコドッドド・・・カタコドッドド・・・」が僕のいちばんのお気に入り。
 それからJRだけど、乗客らの声も高らかながらレールの音もより軽快に目いっぱい大きく録られていて、乗車した気分が十分味わえる、「コバルト」の《仙山線快速455系電車》も、わりと好きな1枚。地図広げながら時々聴いている。
 はじめて注文した《東海道本線211系電車》もまた、聴いたとたん、「熱海〜函南」間のトンネル内などレールの音も豪快で、ゾクゾク鳥肌立った!しかも110キロの猛スピードだぞ!!旧型客車と比べりゃやっぱそうとう速い!!・・・そう胸張って言えるのも、僕自身、まったく同じ211系「熱海〜函南」間を実際に乗って、すでに経験済みだからなのだ。レールの音も、CDとまるっきり同じだった。
 実際に乗車し、今も少し気になっているのが、僕の原点の中の原点である前述のキハ20系ディーゼルカーの音。 実は最近、家族で久々にふるさと米沢へと出向いたとき、それらしいのを駅でたまたま偶然見かけ、珍しいやら懐かしいやら、何も知らずに喜び勇んで乗り込んだのだが、なぜか内装は全然廃れてなくキハ58系ふうに都会的で新しいものだった。台車も新しくなったせいかレールの響きも前と若干違ったみたいだったが・・・。無理もない。これは長野からの転入車両キハ52系であって、僕が昔しょっちゅう乗っていたのは、同じ両運転台でも、なんと、キハ20系のほうだったのだ!と帰ってから気がついた。中だけ改装したのかな、とも思ったが、どうやら車種自体が違ったようだ。
 キハ20系は、内壁が緑色で、もっとガランとしていてローカル風だったはず。音もまたゆったりと素朴で、
 「コトコトッダダン・・・コトコトッダダン・・・コトコトッダダン・・・」と、やたらめっちゃ大きかった。CDでなんとか再現したいけど、探し方がヘタなのか型が古すぎるのか、なかなか見つけられず聞けないのがなんともせつない。レールの「コトコトッダダン」だけは、JR総武線E231系などでも似たような音が聞けたけど、近頃の、宇宙の果てへと飛び去るかのようなモーター音の電車じゃ、どうにも・・・。まったく感じが出ない。

客車さまざま
 旧型客車でもっとも強烈に脳裏に焼きついているのは、奥羽本線の、米沢から上野へと向かう途中の夜行列車内での出来事。当時は新しいのやら古くさいのやら客車の種類も豊富で、その時は電気機関車だったが、交流、直流の機関車の入れ換え作業を繰り返しながら、何両も引きつれ走った。
 そんな列車が動いているさなか、空席があるにもかかわらず、まだ幼い僕と両親はわざわざ今いた、わりと新しい車両を離れ、寝場所を探すため各車両を転々と歩き回った。そうとう混雑してうるさかったことは確かだが、実際なぜ寝場所を探さなきゃならなかったのかは、忘れた。ま、どうでもいいけど、それぞれの車両移動中、
「ガタゴトガタ」の変わり映えの、めっちゃおもしろかったこと!!
 4種類ほどだったが、4種類の「ガタゴトガタ」をまとめていっぺんに聞き比べられるなんてそうめったにあるものではない。鉄道マニアならきっと泣いて喜んだに違いない。当然ながら蛍光灯の新しい車両は、ナハ10形だったかどうか車番は不明であまり覚えてないが、「ガタンリリャスタ」とスマートな音がしていたし、外壁ブルー色の、円形蛍光灯で中くらいのスハ43形になると、もうちょっと重たく複雑な響きで、「ガタタリャダタン」、そしてもっとも古くさく馴染み深いところの、白熱電球でほの暗く腰掛の背ズリも垂直の板張りが特徴のオハ61形車両では、まさに「ガタゴトガタ」と、それなりに懐かしくたいそう古びたオンボロな音がしていたのだった。
 でも、ほかはどの車両もさらに満員で、何かムシャムシャ食べたり飲んだりしゃべりまくったりで、車内は異様に臭い、変なニオイが漂っていたのを覚えている。
 そのためか結局、わりと清潔なもとの新しい車両に戻り、寝ることになる・・・。
 とにかく、客車が変わると「ガタゴトガタ」も、しかも同じリズムでいて、こうも変わるものかと思い知らされ、不思議な気分で心躍った。今ではめったに味わえまい。いや、残念で残念でしかたないことだけど、在来線が新幹線に置き換えられたと同時にレールの幅も広くなって従来の客車も廃車となり、その区間ではもはや絶対に味わうことのできない「ガタゴトガタ」の微妙な違いに、幼い時分だったからこそめちゃくちゃ狂喜した、僕にとっては貴重な、貴重な、貴重なひとときだったのだ。
 朝、上野に着くころ嬉しくて突然目が覚め、車窓をのぞくと、モハ72系だろうか、チョコレート色の山手線電車が平行して気持ちよさそうにゆったりと走ってるじゃん!?ディーゼルカーが主流だった当時の僕にとっても、電車はまさにあこがれの車両。子供心に、「こっちのほうが速いぞ!」ってことで、まことおかしな優越感に浸ったものである。

旧型電車
 モハ72系にももちろん乗った。レールの音は、「ガタンゴトンスト・・・ガタンゴトンスト・・・」と、少し後の103系205系などとたいして変わらないみたいだったけど、発車直後のモーターの音がヤケに大きかった気がする。
 おかしかったのは外観で、ひとつひとつの車両が、種類が違ったせいか高さも微妙に違って、雨よけが、高いのあり低いのあり、チグハグ! それでも見事につながるおもしろさ! そういった意味でも、ディーゼルカーに負けず劣らず、僕を魅了した。

オハ61形客車
 客車の思い出というと、これまた電気機関車に牽引され奥羽本線を颯爽と走る旧型客車だが、あのもっとも古くさいオハ61形客車の「ガタゴトガタ」を、夜通し味わえたことだ。僕がまだ美専1年目で希望に燃え、新しい経験や楽しいことがたくさんあり過ぎた頃、従姉のMさんと旅行したときのことだったが、帰りの夜行列車の、客が少なくガランとしたなか、すき間だらけのせいかレールの音がさらに重々しく直接耳に響いてくる感じで、「ガダゴドガダ・・・ガダゴドガダ・・・ガダゴドガダ・・・」と、うるさくてとても寝られやしなかった。
 今考えると、うるさくて眠れないだなんてとんでもない、まったくもったいない話で、無理に眠る必要はなかったのだ。眠れないどころか、もっとも愛着ある客車のもっとも古くさい「ガダゴドガダ」を夜通し飽きるほど聞けたのだから、ガタゴトキチの自分にとってこれほど幸せなひとときはなかったのだ、とふり返る。
 それに僕は、オハ61形車両に乗り込むとすぐ、デッキで、「となりの車両がいい!」ような素振りを見せたのに、Mさんは、「こっちにしよう・・・」みたいなふうにがんばっていて、しかたなく古くさいほうに乗ったのだが、となりの、わりとキレイなスハ43形(?)客車に移らなくて本当によかったとMさんに感謝している。どっちにしたって変わりはなかったのだろうけど、でもどう考えても、「「ガタタリャダタン」よりは、古くさい「ガダゴドガダ」のほうがマシだったなぁ。
 これもまた二度と聞けない奥羽本線の、まさに、旧型客車に聞く理想の「「ガダゴドガダ」だった。

はやっ!
 また、電気機関車というと、牽引したのがもちろんこれも旧型客車で、たしかオハ61形よりもちょっと新しいオハフ33形だったような気がするけど、「ガタゴトゴト・・・ガタゴトゴト・・・」とレールの音を響かせながら、秋田から久々にふるさと米沢へと向かった時のことだった。
 北山形で、ディーゼル機関車から電気機関車に入れ変わったときの、そのスピード感の微妙な違いに、チョー胸ときめいた!くだらないと思うかもしれないけど、最高時速が、片や95キロの、片や100キロで、「ずいぶん違うもんだなぁ」と。やっぱ電気機関車のほうがさすがに速かった。ほんの5キロの差でも、僕自身はすごく興味深く夢中で聞き耳を立てたのだった。

キハ17の暴走
 思い起こせば切りがないが、胸ときめいたといえば、新潟の坂町から山形の今泉へ向かう途中のトンネル内での出来事。秋田始発だったと思う。土砂崩れのため奥羽線が通れず、しかたなく日本海沿いの羽越線で遠回りしたのもまったく予定外だったが、トンネル内で別に事故ったわけじゃない。下り坂だったし、最高90キロは出ていただろう。ふだんはメチャメチャのろいはずのキハ17系鈍行ディーゼルカー、運転手め、何を血迷ったかグングン速度を上げていき、遅れを取り戻すためだったのか、なんと、
 「タラララッタタン・・タラララッタタン・・タラララッタタン・・」と、規則違反でも仕出かしたかのごとくトンネル内を特急並みの猛烈なスピードで走り抜けたのだった。キハ17というと、愛着ありながらも、とにかく古いし、もー、遅くて、遅くて、遅くて、っていうイメージだったから、ありえない事態に僕も思わずびっくり!その走りっぷりたるや、キハ17らしからぬ凄まじさ!ただならぬ気配と殺気を感じた!事故らないかとヒヤヒヤさせる反面、キハ17もなかなか走れるな、と陰で妙に感心したものである。
 ただし、乗り合わせたのがキハ17でも、運転台の先頭車両がはたしてどんなだったのか!?未確認だったため、今となっては全然無意味なことかもしれない。あの暴走は、もしかしたらキハ58系急行によるシワザだったのかもしれないし、今思うと、ヘンにおもしろがっていたのは僕だけで、きっとあの速度が正しかったのだ。
 予定外のコースだったため、羽越線では思わぬ車両とも遭遇。おそらくその日の出来事だったと思うが、坂町へ向かう途中の村上駅で、えんじ色とクリーム色で華やかなデザインのクハ76系というたいへん珍しい電車に、車番は定かでないがこれまた似たような配色で華やかな457系電車をも引き連れ、やがてホームから立ち去るのを見た。ずいぶん華やかな電車だなぁと思ってすっかり見とれてしまったが、それもそのはず。クハ76系電車は、もとは横須賀線を走っていたらしく、両方とも古くなったので新潟地区かどこかで譲り受けたのだろう。詳しくは知らないけど、道理で田舎っぽくなく、アカ抜けしていると思った。
 ただ、これらがいつの時代の出来事だったのかは、全然記憶にない。お盆で実家に墓参りに行ったときだったと思うが、中学生だったにしてはずいぶん昔だし、美専時代のような気もするけど日記にはそうした形跡らしいことはいっさい記されてない。・・・謎だ。

 余談になるが、列車の中で食べたアイスクリームの、めっちゃうまかったこと!
アイスにただ飢えていただけなのかもしれないけど、甘じれったくなくサッパリとしたバニラアイスで、ちょうど僕が今好んで食べている「爽」アイスの味にも似て、シャキッとさわやかなものだった、と記憶している。

 そんなこんなで思い出に浸っていると、気のせいだろうか、駅構内のニオイがしてきた。あぁ、また電車に乗ろうかなぁ。
 いずれ、国鉄時代はたいした事故もなく、気軽に旅行できたのが最高に幸せでした。(2011−08−20)






戻る