ヘビがのた打ち回るかのように・・・



 少し前にマーラー書いたので、ブルックナーだって書けないはずない、と思い立ち、キーを叩く。

 オーストリア出身の大作曲家アントン・ブルックナーは、僕自身ずいぶん前から注目している音楽家のひとり。ひと頃はマーラーに夢中だったが、マーラーも今やすっかり下火となり、聴くのはもっぱら交響曲第6番イ短調《悲劇的》の第1楽章:「死の行進」くらいか。それも、ベートーヴェンやブルックナーに決して引けをとらないほどの名曲中の名曲だと勝手に信じ込んでいる。いや、案外この曲だけ今いちばんナウいのかもしれない。また、悲しい最中や、怒りが込み上げてきてどうしようもないときにこの曲聞くと落ち着いてたいへん効果的。ぜひお試しを。

 今回取り上げるのはブルックナーだが、マーラー病が発病する前からずっと聴いている。
 はじめに出合ったのが交響曲第8番ハ短調。ロブロ・フォン・マタチッチ指揮NHK交響楽団の演奏で、テレビでも放映された。
 「なんて長い曲だ!これじゃつきあい切れないやぁ・・・」
 「大蛇が地べたを這っているような交響曲を書く男」とは、後輩のブラームスもよく酷評したものだ。言われてみるとそんな気がしないでもない。両者の対立も、さぞ激しかっただろう。けれど、世紀を超えた今となっては、まったく無意味な論議。どちらも有無を言わせぬ大巨匠に変わりはないのだから。
 マーラーと並んでシンフォニーの中でもとりわけ長大。宇宙の広大さと神の威厳さを兼ね備えた・・・とでも評すべきこのブルックナーの交響曲は、なるほど取っ付きにくい。何うなっているのかさっぱりわけわからず、チンプンカンプン。当初かなり困惑した。それでも、まず第2楽章のブルックナーお得意の同じリズムを何度も繰り返すあたりから親しみを覚え、第3楽章だけ除いてカセットテープにエアチェックし、少しずつ聴き慣らしていった。あとでマタチッチ指揮のCDももちろん入手した。それも中古で。
 この曲にはほかに、シューリヒト、クナッパーツブッシュ、チェリビダッケの演奏などあるけど、途中のミスもなんらお構いなしで、やはり僕はマタチッチが最高だね。

 少し間をおき、次に聴いたのは、もっとも知名度が高いとされる交響曲第4番変ホ長調《ロマンティック》。カタログ見て検討した結果、もっとも評価の高いクーベリック盤を入手することに・・・。その頃CDと言えばなぜかベラボウに高く、おまけにCD出始めなので、何がどうなっているのやら見当すらつかない。これがあたりまえ、と思った。しかるのち、何の疑問も持たずにためらいもなくすんなり購入してしまう。でも、思い切って買ってよかった。ブルックナーにふさわしく一糸乱れぬ余韻たっぷりのそのサウンドは、価格に相応してか、ほかの演奏と比較しても飛び抜けて素晴らしいのがよくわかる。
 そしてまたいい時期にめぐり会えた。静岡に越してきてまだ間もなく、辺りはまるで夢のよう。家中活気と希望に満ち溢れていた頃の・・・あぁ、まさにロマンティック!この曲を聞くと、あの頃の懐かしさがせつないまでによみがえってきて元気を取り戻せる。
 それはともかく、このクーベリック指揮バイエルン放送響のCDは、次に訪れる交響曲第3番ニ短調《ワーグナー》とともに、全ライブラリー中、1,2を争う屈指の宝だ。しかも途中で他界し、全曲録音はおろか、彼の演奏したブルックナーは、たったこの2枚しか存在しないというのだから、本当に惜しい限りだ。
 演奏で第4番と対を成すこの交響曲第3番だが、半年後に購入した。4番に負けず劣らず、特に第2楽章の終わりでさらに壮大な宇宙が味わえる。春の空気のよく澄み渡ったすがすがしい時期に聴くのがベターだ。

 続いて聴いたのは、交響曲第6番イ長調。第8番のように深刻にならず明るくさわやかで特に好きな曲である。これは、クラシック・ファンなら誰でもよくご存知の評論家金子建志氏が解説していたFMのクラシック番組で取り上げられ、かなり興味深く聞き入った。というのも、第1楽章の第1主題、例のブルックナー開始といわれる特徴あるリズムの部分だけ、カラヤン、クレンペラー、ショルティ、インバルと、テンポの遅めあり、速めあり、で演奏を何種類かに分け比較しながら、そこだけをしきりに鳴らしていた。ただ専門的ゆえ、どんな風に興味深く解説されていたのかは記憶にない。
 ♪タタタタ、タタタタ・・・と、何より列車をイメージさせるようなサウンドがたまらない。当然、曲自体もさることながらそれぞれが個性を持った魅力的ないい演奏だ。結局そのときはウェルザー=メストのライヴ演奏で全曲聴いたわけだが、中でもショルティ指揮シカゴ響のドラムが効いてシャープにゆったりとたたみかけるような冒頭がすごく気に入り、現在はカラヤンを除いた上記3種のCDで比較しながら聴いている。

 性に合っているのだろうか、それからますますこの作曲家のファンになり、演奏者はまちまちだが、第7番、第5番、第9番、第1番、第2番、第0番、と順不同でCDを入手。

 第7番と第2番は、ジュリーニ指揮のウィーン・フィルと、ウィーン響のCDで。これらもわりと評判よく、だからこそ入手したのだが、出だしの余韻がどちらもまたなんとも美しく好きなCD。もしもこの第7番をクーベリックが演奏したら?というので、クーベリックの同じように美しいのと同曲異演の体制で比較できないのが、ちょっと残念。
 交響曲第7番ホ長調は、学校の教材でもおなじみ!?別に勉強した覚えはないのだが、後でよく見たら、教科書にもしっかりと載せられていた。それだけに、これもやはり名曲なのだろう。第1楽章の出だしは確かに美しいし、第2楽章の悲しみにくれ祈るしかスベないような旋律もまったく非の打ち所がないほど素晴らしい。ここ終わりの部分は、やはり「ハース版」ではなく、「ノヴァーク版」のシンバルを♪ドシャ〜〜ンと豪快に鳴らしたもののほうが機嫌がよくて素敵だ。ただ、まさか自分のステレオのせいでも演奏者のせいでもないとは思うか、終楽章にくると、この7番にしろ3番にしろ、金管が張り裂けんばかりにどうにも厳しく鳴るのが玉にキズ。やたらうるさいので、急にボリュームを下げたりする。
 交響曲第2番ハ短調も、美しいことは美しいが、かのバッハやベートーヴェンを思わせ、模倣したようなところがあって、僕の中では今ひとつパッとしない。

 交響曲第5番変ロ長調は、クナッパ―ツブッシュ指揮ウィーン・フィルによるCD。ちょうど店頭に並んでいてわりと安かったのでこれにした。音質は若干劣るものの、かろうじてステレオ。棚の中でジャケットが同じように白っぽい、先のクーベリックのCDに負けまいと、なおもひしめき合いがんばっている感じだ。
 この曲は、幸か不幸か、湾岸戦争のさなかに聞いた。言わずと知れたイラン・イラク戦。世界中から脚光を浴びた。なので、僕自身も、あの汚れた悲惨なイメージが付着し、どうしてもぬぐい去れないでいる。第3楽章の途中でラッパを奏でるあたりにその面影が強烈に残る。まぁ、それはそれでいっこうに構わない。
 そういえば、はじめ朝比奈隆の指揮した何かのコマーシャルでこの曲を知った。のちに、シカゴでのかなり長いライヴ演奏だが、ビデオにも録画した。特に終結の部分はCMに使われていたこともあって、見ていてつい力が入る。

 ブルックナーというと、よく「版」の問題が取り沙汰される。ほかにも怪しいのやら区別つかないのやらたくさん存在するのだろうし、あまり専門的になるとむずかしいことだらけでお手上げだけど、僕の知っている限りで著しいのが、交響曲第1番ハ短調の、《リンツ稿》《ウィーン稿》。少なくとも2種類存在する。その違いがまたまことに興味深く、それぞれスウィトナーとシャイーのCDで交互に聴いている。《ウィーン稿》のほうが時間的にそうとう長くなっている。第4楽章の後半など、リンツ版をグーンと引き伸ばしたような巨大な旋律が味わえる。気分のせいか、1楽章の終わりはあたかも日本の演歌だ。

 交響曲第0番ニ短調は、マリナー指揮シュトゥットガルト放送響のCDで。店でたまたま見つけ、これも安いので買った。これがどうしたものか、よく聴くと、出だしなんか、映画「ゴジラ」のテーマにそっくりではないか。本場のゴジラにはかなわないけど。全体では、わりあいやさしい旋律だけにすぐに親しくなれた。0番とはまたしゃれたタイトルをつけたものだ。僕は、あとの第2番よりもこちらのほうがずっと好きだ。これといって模倣したような跡もないし、もはや独自の路線。第1楽章など、晩年の第9番の出だしのほの暗い雰囲気にどこか似ている。

 そしてなんと言っても極めつけは、最後に作曲された交響曲第9番ニ短調。僕は、評論家の宇野功芳氏オススメのシューリヒト盤で聴いている。第1楽章冒頭のあたりは、またもや恐竜でも出てきそうなこの世の終わりかと思うような異様で破滅的な展開を聞かせる。そして第3楽章アダージョでは、恐竜が大都市を襲い、さんざん荒れ狂い暴れまわった後のひとけもなくすっかり静まりかえった廃墟のような光景が目に浮ぶ。僕など、腹の虫が収まらずイライラしたときとかに聴くと、気分も何となくスッキリ、楽になる。
 あと、第4楽章補筆完成版が出ているというのに、なんだかんだといいながらも買いそびれてしまった感がある。最近FMラジオで一度だけ聴いた。印象もすこぶるよかったのでそのうち入手しようかと考えている。

 こうして全曲聴き終え、CDもそれなりに集ったとき、すでに僕の中では「好き」の度合いがベートーヴェンをはるかに超えてしまったことに気づかされる。とにかく、はじめ躊躇しがちながら、明けても暮れても、とまでいかないけど、いつまでも聞き飽きずに付き合っていけるのがこの作曲家ならではの魅力なのではあるまいか。数は少ないが、きっと永遠の良き宝物となるだろう。
 以上、ブルックナーのCD紹介みたいな形になってしまい、申し訳ない。(2009・07・06)





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