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雑感


-2001.12.5-
1歳7ヶ月と5日。
手話サークルから帰ると、相方が寝かしつけをしててくれた。
もう少しで寝そうだったのが帰った音で起きてしまったらしい。
そばに行き、「ねんねしよかー」と横になると、なんと「ねんね、ねんね」といいながら私の背中をぽんぽんするではないの。
びっくりした。
そして、(親ばかですみません)めっちゃかわいいーと思った。
一年ちょっと前には、睡眠不足ででも寝かせてくれず泣き続ける彼を壁に投げ付ける妄想とか抱いてた私。
(鶴瓶が話してた『ぬけがら』にやってもらうわけだけど、思うことで踏み止まれたんだよねー)
本当に大変でしんどくてやってられない時って、そんなに長くないんだね。
当時はそんなの言われたら「ほなやってみい!」「私のつらさがどーしてわかる!」とぶち切れてただろうけど。
次にそういう状態になったら、『なにをさておき、誰かにまかせて寝てしまおう』。
ママは笑顔でいることが、一番大事。


-2001.11.29-
1歳7ヶ月。
『ないない』はバッチリできるようになった。
『あついよ』というとふーふーして用心してから手を出すようになった。
食後に手や口を拭くことも(あんまりきれいにふけてないが)、帰ったら手を洗うことも、『ねんねしよか』というと手をつないで2階へ行くことも、『おしっこした?』というとおむつに手をあてることも、いつのまにかできるようになっている。
しかも『ないない』にいたっては私や相方よりもずーーーーーっと几帳面。
『出してもいいよ。遊んでいいよ。でもね、ないないはちゃんとして。ないないできないなら触っちゃだめ』
しつこくしつこく、確かにいい聞かせたけど、それを理解したんだろうか。
そうだとしたらすごい。(私だったら「わかっててもできないもぉ〜ん」とふてぶてしくしてそう。または理解する脳みそが足りない)
理解ではなく『性格』なのかもしれないとも思う。ほんと、参りました、と思うくらいきっちりしてたりするから。
それはそれで、すごい。

よそのお子さんと比較することがないからどうなのかわからないけど、この子なりに一歩一歩確実に歩んでる。
それに素直に感動してよう。
ハハたる私の歩みの方が心配かも…。ほーんと。


-2001.11.7-
1歳6ヶ月。
この頃出るようになった言葉。
『たっ』(ごちそうさまでした)
『ミンミン』(ミッフィー)
『ミンミン』(ミッキー)
『ピー』(けろっぴ)
『ぎゅにゅ』(牛乳)
『バイバイ』(バイバイ。手も振るよ!今日も郵便配達のお兄さんを笑顔にしたぞ!)
『ママ』『パパ』『マンマ』

できるようになってきたこと。
『ないない』(かたづけると拍手をする)
『ぽい』(ゴミ箱に捨てられる)
いただきますとごちそうさまの挨拶
こんにちはの挨拶(頭をさげる)
食後の食器片付け(スプーン、皿など渡す)

すんごい好きな食べ物。
煮豆とじゃこ。


-2001.7.1-
1歳2ヶ月。この頃ようやく歩き始めた。
よちよち、と頼りなく、急ぐ時はまだハイハイの方が得意。
自分では「おおっ!ぼくは今日から歩けるじゃないか。なんと世界が違って見えることか」なーんて感じたりしないんだよね。
気づかないまま、いろんなことができるようになって(しまって…(^^;)、ハハとしての成長がおいつかないよ。
これからの歩みも大切にしていきたいな。

おっぱいもいつか飲まなくなるんだね。おむつもいらなくなるんだね。
そう思うと、もっとゆったりした気分で飲ませてあげてもいいな、と思う。
(でもなにかっちゅーとTシャツまくりあげ(おっぱいぃぃぃ〜ん)とせまり続けられるのはしんどいのよ、時々)

ゆったり、ゆったり。子どもと一緒の暮らしは、どしーんと構えて。
時々は切れながら。でもいいんだよね。
ママもOK、子どももOKでいこう。


-2001.5.28-
そらは、今入れ子遊びにはまっている。
お気に入りは、スパイスの空き瓶とごはんですよの空き瓶とアムウェイの靴下が入っていた筒。
これらを入れては出して、もうたまらない、といった様子で満足げに繰り返している。

おむつバケツもつけおきをやめて不要になったので、今はおむつ&カバー入れにしてリビングに置いてある。
これも、ふたをはずして中のおむつを外に出すのを喜々としてやっている。
定番のティッシュ出しも何度もやってくれている。

何がそんなに面白いのかと思うけれど、その様子は幸せそうでいいなぁと思う。

それにしても、市販の「おもちゃ」よりも「実用品」「ごみ」の方が喜んで遊んでる、というのも発見だった。ペットボトルにちぎったちらしを入れたものや、豆を入れたもの。空き箱、木片、ハミガキチューブの終わったの。安上がりで孝行な息子だわ。


-2001.2.2-
紙おむつと布おむつ。
私は併用派なんだけど、先日しんどかったので紙にしてラクしようと思った。
でも、結局精神的にはラクじゃなかった。

やっぱり紙おむつは嫌い。
一番嫌なのは、見るからにゴミになるところ。
分別収集で生ゴミもコンポストに入れている我が家は燃えるゴミはいつもちょっとなのだけど、紙おむつだと重くて臭くて環境にも悪そうで、精神衛生上よくない。

さらにいけないのは、「おしりとのふれあい」が減少すること。
布だと一日に何度もチェックしてぱっぱか替えるので、その度にぷりりんっとしたおしりを眺め、さわり、なで、なめ(うそ)、幸せ感じるのだけど、紙だと頻度が落ちるため、そのストレスが生じるのだ。
紙でもしょっちゅう替えたらいいやん、ということになるのだけど、それだと最初の「今日はラクしよう」が意味がなくなる。

布おむつはすごい覚悟してた割には楽で(楽してるのもあるが)、楽しい。
楽しくなるようにかわいいおむつ、おむつカバーを用意したといいうのもある。(全部中古だけど)
一枚一枚替えるごとに大きくなっていくんだなぁと思うと、感慨深い。

そんなこんなで、おむつとお別れのその日まで、紙と布と利用させてもらいつつ、楽しんでいこう(『ぷりぷりおしりとこんにちは』タイムを)。


-2001.1.13-
いらいらしてストレスで参りそうだったけど、愚痴ることをためらわないようにしたら、楽になってきた。
たぶん「そんなね、あなたね、誰だって頑張ってるのよ」「母親ならできて当然じゃない」とか言われそうな人には最初から言わないというか近寄らないというのもあるのだろう。
私ってしたたかだ。それに、ラッキーだ。
ぼやき用の掲示板まで作って、ますます肩の荷がおりてきた。
泣くと「まぁた泣いたぁ(こっちが泣きたいっつーの)」と思ってたのが「そーかそーか泣きたいか。いい仕事するねぇ(かわいいなぁ)」と余裕をもてたりして、自分でもびっくり。

ま、ダメママと反省ママ(とちょっぴりよさげなママ)を繰り返しながらそれなりのママになっていくんだろう。
子どもも8ヶ月、ママも8ヶ月。それなりにママの方も成長してると思いたい。思うことにしよう。うん。


-2000.12.22-
産後から痩せ続けている。
出産直前60キロだったのが、今は45キロ。
大学で競泳してた頃でも(暴飲暴食してたけど)47キロがせいぜいだった。
きっと身軽なはずなんだけど、それ以上に体力が低下してるので実感はなし。とほほ。

授乳中は2500Cal必要なんだそうだ。
それだけ食べてるかというと、食べてない。食べられない。だから痩せていく。
妊娠中は必要以上に(必要ないものを)食べまくり、ぶくぶくと私だけ太った(ごめんよ、そら)というのに。

授乳が終われば元に戻るんだろうか。
(元に、といっても元々小太りなので、今ぐらいでも体重はいいんだけど)
何が困るって、痩せるのがアンバランスなことと、痩せなくていいところが痩せること。

顔が痩せてるのだ。はっきりいえば、やつれてる。
もともと顔色が悪くて目の下に隈があるような顔なのに、さらにこの頃は頬までこけて貧相なこと、この上ない。といって、腕や足はいまだたくましい。

一昨年くらいの写真が出てきて、別にかわいいわけじゃないんだけど、その丁度よい肉付きの顔に思わずため息が出た。その頃は学生に間違われることもあったというのに、こんなに変わってしまったのかとショックを受けた。夫に同意を求めると、「うん。あの頃はかわいかった…(遠い目)」。(ありがとう)

幸せ太りというのがあるように、私の場合は幸せ痩せといえばいいのだろうと思う。

でも、足の太いのがそのままでも帝王切開の傷が薄くならなくてもいいから、顔だけはもうちょっとふっくらしたーーーーーーい。久々に会った人の目に「ぎょっ」の文字が浮かぶのはもう見たくない。

…ちゃんと、食べよ。


産後半年が過ぎた頃、育児ノイローゼになった。
息子の生後半年までは、毎日の世話が楽しくて、「ママライフ」体験も新鮮で、私って予想に反して育児、楽しめてるかも?悩みがないかも?なんて思ってた。
ところがどっこい、気負い過ぎていたようで、つけがきた。
もとから素直に甘えられない性格も災いして、一人で仕事も責任もストレスもをためこんで、にっちもさっちもいかなくなった。
やつあたりもして、夫婦仲もどんどん険悪になって。
子どもの隣で突っ伏して泣いたりしてた。

「しんどいんだぁあああーーーー!」と叫ぶことにしたら、楽になった。
聞いてもらったのは(無理に聞かせたのは)とあるMLの人たち。
共感してくれたり、アドバイスくれたり。
知人の来訪で、子どもが大きくなってこんなに大変なことがある、という話を聞いたりもした。(中1の男の子が怒りで家の壁を殴って穴をあけちゃったそうな。こわー)
相方も子どもを連れておでかけして、私一人の時間をくれた。
ともだちも、優しい言葉をかけてくれた。

いろんな人に助けられ、支えられて生きてるんだなあ。
そしてそれは、悪いことじゃないんだ。
わたしもいつかどこかで誰かの役に立てたらな。

だただたかわいい時を楽しめるのも、たかだか10年位。
たのしもう!


助手席に3人乗っている。
先日信号待ちで隣の車線にいた車に驚いた。

ママの運転で、助手席にパパ、そして子どもがふたり、ダッシュボードとパパの間に立っていた。何か食べているらしく、影が不自然に動くので目についた。二人もいるとはつわものだ…。
余計なこととは思いつつ、私はいつも「それで、シートベルトはしてるのか?」をチェックしてしまう。そして親だけ装着しているのを見ると、ぞっとする。

もし事故にあったら、親だけ助かってしまうだろうに、怖くないのかな?
不注意で子どもだけ死なせたら、悔いても悔やみきれない。
いざという時はもろともに、というのならわかるんだけど、「私達は助かるようにするけれど、あんたたちは死んでも構わない」ってことじゃん?と子ども達が気の毒になる。

事故なんてしないから大丈夫、と思っているのかな。
しようと思って事故する人なんてまずいないのに。
もらい事故は防ぎようがないのに。
後ろの席につけてあったチャイルドシート一つが空しく見えた。