[戻る・ACの部屋・ Home] 更新日'05.7.16
人との出会いの上手い人下手な人
新講社
たとえば、少数の人と深くつきあうスタイルの人なら、「この人は、私と気が合う人だろうか、わかり合える人だろうか」ということを見分ける目が必要だ。相手は他人なのだから、当然、違う部分もある。似ている部分、わかり合えない部分、それらを総合判断して、相手とどれくらいの距離でつきあうかを決める。まったく合わないひとや、親しくつきあいたいとは思わない相手にまで、好かれようと努力をする必要はない。あなたが好きなコースの球が来たら迷わず打って、それ以外の球には手を出さずに見逃せばよい。
最近の母親たちは、受験勉強で自分が鍛えられているから、なんでも参考書を読もうとする。どんなことにもたったひとつの正解があって、それはかならずどれかの参考書に書いてあるはずだと思ってしまっている。どこかに答えがあって、知らないのは自分だけだと考えている節がある。
満点という評価が巌としてあり、そこに到らない自分を叱咤激励する習慣がついてしまっている。国語や数学のテストならそれでいいが、これを子育ての世界に持ち込むのは、見当違いもはなはだしい。
なぜなら子育てに模範回答はないし、正解すらない。ない解答をそれでもつくっていくのが、親の創造力というものである。
子育てに必要なことはたったひとつしかない。人それぞれに違う子どもの個性に合わせて、母親が創造力を発揮するのだ。本を引用しても子どもは育たない。創造的子育てこそ、母親がめざすべき道ではないのか。
自分を変える本―さよなら、ヒロイン・コンプレックス
三笠書房
人間というのは、しょせんひとりなのだからどうやって自分自身を楽しませるか、その方法を知っていることが人生ではもっとも大切だ。
容貌というのは「心」と「教養」と「かたち」から成り立っている。「いい顔つき」というのは「顔かたち」だけでなく、「心」が安定し、「教養」を磨いてはじめて、そういう顔つきになれるのである。
しかし本当は、この世の中にそんな都合のよい保護者はいないことを、知らねばならない。それを知ることはまた、「孤独」を知ることである。心理的に成熟したおとなになることはこの依存心と孤独感をいかに克服するかにある。