桜えびのあらまし
江戸の昔から、駿河湾の漁民は、ちいさな桜色をした海老がとれるということは知っていたようです。 しかし、いつ、どれくらいの沖に出れば大量にとれるかは知せんでした。 そんなある日の明治27年(1894年)12月のこと、今宿の漁民、望月平七と渡辺忠兵衛が鯵の夜曳船で富士川尻の沖合いに出ていざ漁をしようと網をおろしたところ、網を浮かせておく浮樽(カンタ)を忘れていることにきがつきました。 仕方なくカンタなしに網をおろし引き上げると、これはびっくり、1石以上の桜えびがとれたのです。 2人は驚き喜んで回を重ね、大量の漁をして浜に帰ってきました。 たちまちこれが評判になり、多くの鯵船曳網が桜えび揚操網にかわっていきました。 網がちょうど桜えびのいる70〜80メートルの深さにまで下がってしまったという偶然のことが、今日の桜えび漁業をおこすきっかけになったのです。
桜えび直売所
削りぶし製造見学直売所
桜えび直売所
パノラマテラス海の庭

桜えび(Sergestes Lucens)節足動物甲殻網十脚目長尾類サクラエビ科。

 雌は、夏に150メートルくらいの海中に1,500粒〜2,000粒くらいの卵を生む。1月頃には4センチくらいに成長、その年の夏に卵を生み、一生を終わる。寿命は1年。1種で1科をなす独立した種のえび。

桜えび茶屋

団体様お食事メニュー

昭和の始めまで桜えび漁は、八丁櫓の伝馬船に白帆をかかげ沖へ出て行きました。今では勿論エンジン付、その上魚群探知機や網の沈み具合を知らせる深度計などの近代装置を備えています。

 しかし、今も昔も変わらないのですが、2隻で1組の夫婦船となり、あぐり網を引いて漁をすることです。そのためか、夫婦を組む船名は同じものが多いです。 桜えびは日中や月夜には300メートルぐらいの暗い深海にすむ生物、それが夜になると70〜80メートルぐらいまで浮上してくるので、夜にでかけて漁をします。

団体様用食堂レイアウト
無料試食サービス

セリ市に積み重ねられた桜えび、市場はまさにピンクの洪水、朝の光を受けてひときわあざやかになっていきます。

早朝に始まるセリ市、威勢のよい声で値がつけられた桜えびは、すぐ加工にまわされます。あるものは生のまま、あるものは釜揚げで、煮干しで、素干しで・・・・・


自然の風味を大切にするため、桜えびは、ごく素朴な方法でしか加工されていません。生をそのまま天日で自然に干したものが素干し。陽の光が最高の乾燥機なのです。 煮干しは、釜揚げを素干しと同じように天日で乾燥させたものです。

釜揚げは、大きな釜でさっとゆであげます。どういうわけか、量が多いほど桜えびの風味が逃げないのです。